7年前に千松信也さんの「ぼくは猟師になった」(リトルモア) をなぜか読んだことがあったのは、友人が何人か働いている某運送会社に彼が在籍していたのと、本や雑誌の出版の他に、映画、音楽の製作や配給なども行なうリトルモア代表者の孫家邦さんと、少しだけ面識があったこととの繋がりも関係していたと思う。
伊根町に引っ越して間もない頃で、猟友会の伊根支部について少し訊ねてみたが、支部長さんの体調が思わしくないとのことで、関係を持たないまま時が経ってしまっていた。
これまでに何度か、近所の方(猟友会)に猪の肉をいただく機会があって、今年の年明けにも、有ったら分けていただけるように頼んでいました。
昨年の10月26日に靑竈でライブ(不破大輔・立花秀輝・若林淳)を行なった打ち上げで、猟師(わな猟)の清水祐輔さんに鹿肉と猪肉を沢山焼いていただきました。
12月22日には ALL TANGO(遊星舎)の忘年会で井原裕晃さんにお会いする機会があって、その後も彼の自宅にお世話になったり、「蕎麦しゃぶの夜」でジビエをごちそうしてもらったりと関係していただいています。
3月4日に友達から電話があり、猪を4匹もらったのですぐに取りに来てくれ、と連絡があって行ってみると、内蔵を取り出したばかりの猪がいて、「自分の分は捌いてね」とのご指導。
そりゃそうだよねと、包丁を借りて見よう見まねで皮を剥いで解体したけど、脂肪のほとんどが皮の方に残ってしまい、赤い猪肉の塊になってしまいました。
伊原さんに剥皮の方法などアドバイスしていただきながら反省していた数日後の3月9日に、猪を捌くならこれから殺して靑竈まで持って行くと連絡があり、いただくことに。
10時頃から剥皮を始めて冷蔵庫に仕舞ったら2時になっていました。
今回はゆっくり丁寧に作業したので、あるていどは旨味のある脂肪が身の方に残ってくれました。
友人たちにお裾分けした残りは熟成させてみました。
2週間でなんとか熟成肉が出来て、美味しくいただいています。
昨秋から一連の流れのような縁で、少しだけ知ってしまったジビエ。次の準備としては、マイ包丁の入手かなぁ。